活火山「浅間山」歴史に刻む噴火の軌跡

追分宿から北国街道

それまでは、浅間山を詳しくは知らなかった。昨年、浅間神社を訪ねてからその歴史を知ることになった。今年も生きていた浅間山。

御代田町から浅間山を望む

浅間神社の境内

追分宿から北国街道(中山道が京都行きと長野方面に別れ長野方面を北国街道と聞いております)経由で長野県上田市から松本市へ抜けます。

追分宿にあるのが浅間神社です。

室町時代に建築されたと書いてあります。

明治2年に浅間山の噴火が記録されていて、芭蕉の句碑があります。

芭蕉が1793年に「ふきとはす石も浅間の野分かな」と句を読んでいます。相当荒れた様子だったと思われます。

浅間山は、遠くから見ると素晴らしい景色のなかで雄大にそびえたっています。

昔から噴火があり、噴火と共に生きてきた人たちの歴史がいたるところに刻まれています。

令和元年8月7日の夜、なんの前触れもなく噴火したのです。

報道によると、今回の浅間山の噴火は8月7日午後10時8分頃、小規模な噴火が発生しました。

火口から上がった噴煙は高さ1800メートル以上に達し、大きな噴石が火口から半径200メートル程度まで飛んだことが確認されています。

噴火は約20分間継続しましたが、それ以降、新たな噴火は発生しておらず、噴煙もおおむね700メートル以下で推移しているようです。

浅間山で噴火が起きたのは2015年6月以来の4年2か月ぶりで、噴火警戒レベル3(入山規制)となったのは2009年4月以来となります。

まとめ

今回の浅間山の噴火は、過去に例が無いような噴火だったようです。なんの前触れもなく、突然噴火したことが報告されています。

活火山が多数ある日本列島では、今までにない噴火のパターンの可能性があらたに出て来たようです。

火山には注意を払って登山やハイキングをしたいものです。

なお(ライター@naoblog33.com)